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【東日本大震災】あれから10周年、11年目に向けて……

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©龍爆連合

2021年3月11日で、東日本大震災より10周年を迎えた。11年目に向けて私たちは何をすべきなのだろうか。

■目次■

 

あの日から10周年

2021年3月11日で、2011年3月11日に発生した東日本大震災より10周年を迎える

この10年間で、社会状況が大きく変化した。
「一人一台はスマホ」といわれるように、携帯電話(スマートフォン)を始めとする、情報通信技術は最も進化しただろう。
さらに、次世代の通信規格として5Gは徐々に普及しつつある。
また、医療技術や製品開発の面においても、様々な発展を遂げている。

昨年の2020年では、「新型コロナウイルス」という未知の感染症により、未曾有の一年となった。
長引く自粛生活による疲れや、病状の悪化により大切な人をなくしてしまうこともあっただろう。
そんな昨年は、私は忘れかけてしまっていた「普通の暮らしの有難さ、これまでの生活の有難さ」を改めて感じた。

 

10年前の私

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東日本大震災の当時は、私は10歳であった。満11歳ということで小学5年生である。
3月11日の午後は、控える小学6年生の卒業式に向けて、体育館で合唱の練習をしていた。
卒業式まで日数が短かったため、先生も生徒も一生懸命に練習に取り組んでいた。
音楽の先生は、体を大きく使って指揮を執ったり、歌ったりするため、汗びっしょり状態。
また、ドッスンドスンとリズムをとるため、体育館はちょっとしたライブ会場のようになった。

先生のテンションがMAXに近づいたときに、「ヌラァァ~~」と鈍い揺れを感じた。
体育館に居たため、鈍い揺れに感じたのかもしれない。
揺れの直後に校内放送が流れた。
床に座るように先生から指示された。
「愛知県には影響ない」旨のアナウンスであったため、その日の授業は全て行われた。といっても、5時間目と6時間目だけである。

帰りの会”では何か物々しい状況。
小学生の私は、状況がよく分からなかったため、「地震が酷い地域の学校は明日休みかな??いいな。」と不謹慎なことを考えていた。

だが、帰宅してテレビを見ると私の不謹慎な考えは変わった。
津波によって、変化してしまった東北の街並み。
バラエティー番組や夕方のドラマは、特別報道番組に切り替わってしまった。
ただ事ではない、冗談を言っている場合ではないと私は感じた。

 

震災後から

東日本大震災が発生した翌日から、私の通う小学校では、東北への支援に力を注いだ。
東日本大震災の翌週には、東北の小学校に「お米、さつま芋」等の食料を届けた。
定期的に募金活動を行い集めたお金は「義援金」として、その小学校に届けた。

私が小学5年生の頃から行われているこの支援活動は、10周年を迎える今年も行われたらしい。
11年目を迎える今日でも、あの日を忘れないようにしている。

 

私たちはどうする……

このような時を得て10年。
あれから10周年を迎えたのだ。
11年目に向けて、私たちは何をどうすればよいのだろうか。
防げたかもしれない最悪の事態。
私たちはあの日から学ぶ必要がある。
学ぶだけではいけない。
より良い未来を築くために実践しなければならない。

さて……今日、あなたは何をするだろうか。
それが明日も来年も10年後もできるように、何に努めるだろうか。

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Report:R-kun龍爆連合™
Photo:R-kun Office災害写真データベース

 

 

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